諏訪神社の近況

愛媛県南宇和郡愛南町に鎮座する諏訪神社の四季折々の行事など

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ちょっと時間が経ちましたが、25日に鰹船のお祓いを行ってきました。
この船は当日から鹿児島に向かい、鹿児島沖で鰹の一本釣りを行います。
鹿児島沖で1週間ほど漁をしては鹿児島の港に水揚げを行い、それを繰り返し、こちらには12月にならないと戻らないそうです。

2月から12月までずっと鹿児島とは・・・。驚きました。

愛南といえば鰹の水揚げ四国一のはず・・。なぜ深浦でない?

いろいろと話しを聞くと
今では四国沖ではなかなか鰹が獲れず、鰹を求めて遠くへ行かざるを得ないそうです。
最盛期には南宇和郡で60隻あった鰹船も今ではたったの3隻だそうです。

う~ん、これじゃ、愛南の鰹のイメージが・・・・。

鰹は回遊するので時期によって漁場はちがうのではという質問をしたら
成長と共に回遊はするが、大きくなったらずっと瀬につくとのこと。そういう大きなものを狙っているそうです。
大きいものになれば10キロぐらいのものが上がるそうです。

10キロの鰹、食べてみたいです・・・はい。






| 未分類 | 10:43 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

鰹船

春はまだ遠いと思っていましたが、もう鰹船の乗り組みの時期になったのですね。
今は亡き父が鰹船に乗っていたときは、深浦でも10隻ほど鰹船がありました。
漁協の市も今のように決まった市でなく、船が帰るたびにサイレンがなり、仲買さんやかごしさんがかけつけてました。
鰹の最盛期には、夜中も漁協が明るかったのを覚えています。
幼かったせいか、家にいる父はあまり覚えていません。
漁から帰っても家にはかえらず母が、弁当を船まで持って行き、そのまま次の漁に出ることのあったそうです。
それくらい鰹がとれていたんですね。
乗り組みのときも、かく船だしの家や公民館で”お客ごと”があり、
母が酒屋に頼んで、祝い酒を船だしさんのところへ持って行ってもらっていました。
景気のいい時代でした。
今は昔の話です。

追伸
やっとお雛様をだしました。
元気な娘が嫁き遅れませんように(笑)

| mamachann | 2012/03/08 11:49 | URL |

Re: 鰹船

お父様鰹船に乗っていらしたのですね。
お祓いしたのは船越の鰹船です。

深浦に限らず、子供の頃の港はどこも活気があったような気がします。

娘さんはとにかく、息子さんが元気が無いとか・・・。
大分時間が出来たので、子供用の薪を集め始めました。

近々、ストレス解消にどうぞ。また連絡しますね。

| gonfami | 2012/03/08 14:54 | URL |

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| | 2012/03/09 12:47 | |

Re: いつもながら。。。

今、本人は一生懸命戦っているのでしょうね。

子供同士のことは子供で解決しないと本人の糧になりません。
男なら時には力で立ち向かう事も必要です。
そうしないとその子の後の人生は逃げてばかりになります。

先生が何を言おうと関係ありません。
先生には親が対応すればいいことです。

ガツンとかましてやれと言ってみてはどうですか?

| gonfami | 2012/03/12 09:36 | URL |

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| | 2012/03/13 07:42 | |















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