諏訪神社の近況

愛媛県南宇和郡愛南町に鎮座する諏訪神社の四季折々の行事など

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例祭日

「例祭」という神社で一番重要なお祭りがあります。当社の場合は秋祭りがそれに当たります。
 現在は11月3日の文化の日に斎行されていますが、古くをたどれば多少変化しています。ちなみに明治四十年~大正元年までは10月30日(太陽暦)ですが、明治三十九年以前は9月23日(大陰暦)となっています。

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諏訪神社の故実

 諏訪神社には「祈雨祭」という特殊なお祭りがあります。いわゆる雨乞いのお祭りです。

 早魃の時、境内にある自然井戸を汲取り、乾上がらせ、別に清水を灌いで潤雨を祈るというものです。

 私が宮司になってからは幸いにも斎行したことはありませんが、「明治六年六月の早魃の際には愛媛県庁の命により三日間連続して盛大に行われた」という古い記録がありますので、つい百数十年前まではしっかりと行われていたようです。

 現在では治水事業も整備されており、少々の旱魃には対応できるようですが昔は結構頻繁に行われていたかもしれません。

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当社のご祭神

 当社のご祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)です。
 配神に大国主命(おほくにぬしのみこと)と事代主命(ことしろぬしのみこと)を併せてお祀りしています。 大国主命の建御名方命のお父さん、事代主命は建御名方命のお兄さんにあたります。

 建御名方命は長野県にある諏訪大社のご祭神で有名です。天津神と国津神との間の国譲り神話の中でただ一人国譲りに反対して、天津神である建御雷神(たけみかづちのかみ)と力比べをしたが競い負けてしまい、諏訪の地で帰順を誓われたのでこの地に留まり、土地を開拓し、害獣・毒蛇を退治したり住民に農耕や養蚕の業を伝えたので土木開拓・耕作の神、五穀豊穣を司る神となりました。
 お父さんの大国主命は、またの名を大己貴命や大物主命などともいいます。島根県の出雲大社のご祭神として、また七福神の大黒様として知られています。大国主命は出雲神話の主役として因幡の白兎や須佐之男命との出会いなど数多くの伝説が残されており、その業績から家内安全・厄除開運・縁結びを司る神として有名です。
 お兄さんの事代主命の名前の由来は事を知る神、つまり正邪を判断する能力に優れていることに由来します。たくさんいる大国主命の子の中でも一番賢い神様です。七福神の恵美須様としても知られており、商売繁盛・豊漁祈願を司る神です。


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由緒

 当社諏訪神社の由緒です。 

 往古社頭灰燼と化し社伝・旧記悉く消失したため由緒は不祥となっているが、宇和旧記によると永正3年(1506)、御荘郷(現在の南宇和郡)領主法眼承賢一族により再造営との記録があり、それ以前より存在していたことは確かである。
 口碑によると往古、夜になると山頂に何処からか神霊翔来されて樹間より燐火(ひとだま)が見られたという。その燐火より村人に「我ハ諏訪ノ神ナリ、祭祀ヲ怠り無クハ鎮守セリテ永ク村民ヲ冥護セントス」と託宣があり、以来城辺村の産土神と崇られたという。
 宝永5年8月(1708)御荘郷の総鎮守と崇められ以来、例祭(秋祭り)には御荘組内の代官および庄屋などは必ず参列した。また、五穀豊穣、豊漁祈願、疫病平癒の祈祷所として御荘郷内の人々の信仰を集めた。明治6年11月神社の格式が定められた時、郷社となった。
 現在の社殿は昭和12年10月に全て建て替えられ、平成18年に本殿を除く建物を改修した。

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